コロナ禍で「リモートの方が楽」な若者へ 精神科医・斎藤環さん
会議も、授業も、診療も、飲み会も……。新型コロナウイルス禍による自粛生活で、さまざまな「リモート」化が定着し、1年が過ぎた。リアルで人に会う機会の減ったこの日々は、私たちにどんな影響を及ぼすのだろう。精神科医の斎藤環・筑波大教授は「コロナ禍をきっかけに『ひきこもり』は増える」と予測する。そのわけは?【小国綾子/オピニオングループ】
臨場性の暴力が減れば
――コロナ禍では、「リモートの方が楽」と喜んだ人、逆に「リアルで人と会いたい」と悲しんだ人、どちらもいます。1年以上の「リモート」生活は私たちを変えていきますか?
◆私はこのコロナ禍で、人と人が出会うことの価値のゆくえに目をこらしてきました。コロナ禍でリモート化が進み、世界中で人と人がリアルで会うことの価値が問い直されました。
人と人が出会うこと、すなわち「臨場性」は必ず何らかの「暴力」をはらみます。ここで言う「暴力」とは、個人の領域を侵入して影響を及ぼしてくるものすべてを意味します。対面で会うこと、直接話しかけられること、触れられることなどは、リモートに比べれば、他者が自分の心に侵入してくれる度合いがはるかに強いのです。これが「臨場性の暴力」です。
「リモートの方が楽」と感じるのは、自宅からでもどこからでもアクセスでき、移動時間を節約できるという利便性に加え、「臨場性の暴力」にさらされることが減り、ストレスを受けなくて済むからです。
「コロナロス」に共感
――そういえば今年2、3月ごろ、感染者がいったん減った時期に「コロナロス」という言葉が話題になりました。パンデミックは終息してほしいけれど、リモートライフが終わるのは嫌だ、と。
◆「コロナロス」という言葉に共感を覚える人は少なくないでしょう。実は私自身も、コロナ禍によるリモート化で本当に楽になったと感じるところもあります。病院での診療の合間を縫って、その場で大学の会議などに出席できる。学会もオンラインであれば「満席」を理由に入れない人気講座が発生しないから、確実に情報にアクセスすることができる。
また、会議などの場の空気や威圧感、「早く決めてしまおう」という雰囲気にさらされることが減り、ストレスも軽減しました。
もちろん、中には「臨場感の暴力」が気にならない人、「毎日人と会えないと生きていけない」という人もいます。コロナ禍の初期は、そういうタイプの人の中には、他者に会えない日々の中でうつ状態に陥った人もいます。そういった人はすでに自粛に飽きて、今では普通に人と会って暮らしているようです。
大多数の人はむしろ、「臨場性の暴力」のプラス面とマイナス面の両方を体感しているのではないでしょうか。人に会いに行くことに多少の煩わしさや気の重さを感じながらも、実際に会ってみれば楽しかったり盛り上がったりして、「ああ、会って良かった!」と感じ、しかし次に会う時はまた少し憂鬱になる……というように。
「会わないこと」の功罪
――分かります。「リモートの方が楽だけど、多少面倒でもリアルで人に会うとやっぱり元気が出る」という実感をこの1年あまり、繰り返し味わいました。私は「人に会う」のが仕事なので、リアルで人に会う機会がゼロにならない。それが新しい欲求や意欲につながっていたように思います。逆に、リアルで人に会わないことで、生きる意欲がそがれるようなことはないのでしょうか。
◆気になるのは大学生たちです。今回のコロナ禍で最も大きな影響を受ける世代は、大学生など若者かもしれません。コロナ禍が始まった当初は、大学のキャンパスで授業を受けられないことや、直接友だちと会えないことが、彼らの大きなストレスになると案じられていました。しかし、最近の調査結果によると、「リモートの方が楽」「大教室で受けるくらいならオンデマンド授業の方がずっといい」という声が多かった。
対面せずに済むこと、出掛けていかなくて済むことを、「楽」と感じているのです。
しかし、「会わ…