商用車オークションに潜入、緊迫感にのみ込まれ…【連載・前編】
「40」「50」「もっといきます?」「60」
左耳にスマートフォンをあてがって電話の先に話しながら、右手の青いボタンを押す男性の親指に、だんだんと力が込められていく。ボタンを押すカチカチという音も、速くなる。
関西地方にある中古商用車のオークション会場。
朝早くから夕方にかけて、この日出品された計約3600台のトラックを売買しようとする中古車販売関係者らが、刻一刻と変化する数字を示したモニター画面に、釘付けになっていた。
1月下旬、緊迫感漂うオークションの現場を歩いた。(編集部・今川友美)
この日、計6台のトラックを売買する予定でオークション会場に来たという40代の男性に、記者は出会った。車で1時間半ほどかけてやってきた。その日ごとの競りの動向を読んで値段を調整する必要もあることから、自分が割り当てられた3000番台の競りの予定時間よりも、2時間ほど早く現場入りした。
オークションは、出品されるトラックをはじめとする中古商用車の出品番号を、奇数番号の「Aレーン」と偶数番号の「Bレーン」の2つに分けて進められている。「数が多いから、1つのレーンで1からやってたら日が暮れちゃう」とのことだ。
男性はまず、入口にあるパソコンにタッチして、入場ボタンを押してチェックイン。競りの会場へと向かった。
競りは「小型トラック」「軽・商用・乗用車」「大・中型トラック」などと時間帯や会場が分かれており、男性は「大・中型トラック」のコーナーに向かって階段をのぼっていった。
競り会場は、「競り」のイメージとはうって変わって、まったく殺伐とはしておらず整然としていて、清潔感があって、シンプルな作りをしていた。
フロアには、それぞれにモニターが設置された300ほどの席が、参加者お互いの顔が見えないようなつい立てで区切られていて、すでに3分の1ほどの席が埋まっていた。
中高年以上の男性が多いからだろうか。宇多田ヒカルや竹内まりやといった、1980年代後半から90年代のJ-popが流れていた。
同時に「ピンポンピンポン」といったけたたましいベル音や、「Aレーンスタートです」「Bレーン売り切りスタートです」といった元気な女性の声のアナウンスも次々と飛び交っていて、会場に入った瞬間、音の刺激の多さにくらくらしてしまう。
参加者の声はたいていそれらの音にかき消される。
参加者たちは、持参した資料やタブレットやパソコンを用いて、取引先と思われる人たちと個別にやりとりをしたり、席を立ったりと、慌ただしく行き来している。
上下スーツを着てブリーフケースを持った中古車販売業者と思われる30代くらいの茶髪の男性2人組や、つなぎや作業着のような制服を着た個人経営者など、参加者の格好はばらばらだ。
なかには、あごに黒いひげを生やし、頭には輪っか、中東の民族衣装に身を包んだ男性や、聞きなれない言葉で会話をする男性もいるなど、国際色も豊かだ。
男性によると、新型コロナウイルスの感染拡大で、政府による入国制限が行われる前は、このオークション会場は、もっと多国籍感が強かったのだという。これまで行ったオークション会場のなかでは、イスラム教徒の礼拝所が用意されていたところもあったと話す。
男性は「周りに人が少ない席がいいですね」といって、奥のほうへと進んでいった。空席を見つけると、バッグを床に置き、上着を脱いで着席、入口で受け取ったカードを机の下に挿した。すると、目の前のモニターの画面が「空席です」から、いままさに行われている競りの情報へと切り替わる。
男性は、カード横に引っ掛けられていたボタンを2つ出すと、左の赤色ボタンが奇数の出品番号用、右の青色ボタンが偶数の出品番号用だと話した。
画面を見やると、2015年製で走行距離55キロのいすゞのダンプが、300万円からスタートし始めていた。数千円刻みで参加者それぞれがボタンを押して競るしくみだが、記者の動体視力では追いつかないくらいの勢いで、一気に上がっていく。
リニア中央新幹線の計画が進んでいる影響で、各地の工事現場に土砂などを運ぶダンプカーの需要が、ここ最近急増しているという。たくさんの容量が入りそうな深型だ。
目まぐるしく変わっていく数値だけでなく、その数値の上には、左から「緑」「黄」「赤」といった信号機のような標識が激しい勢い点滅しながら、点滅が左から右へと入れ替わっていき、目がちかちかする。
男性によると、ボタンを押している人の人数が、10人、5人、1人に変化していくにつれて、色が緑から黄、黄から赤といった具合に移り変わっていくという。
ダンプカーが590万円まで上がったところで、「売り切り」の表示が加わった。すると男性は、「これ600万いくんじゃない?」と画面を見ながら話した。
あまりの変化の速さに記者は追いついていけず「え、600万台に?」と戸惑いながらもなんとなく相づちを打っていると、その間に数字ののびが、1〜2万円刻みと次第に緩やかになっていった。同時に、緑や黄色が激しい勢いで交互に点滅していったのが、赤だけの点滅となっていき、点滅の間隔が開いてくると、最後に残った数人の参加者同士が競り合い始めたんだなあということを理解した。
男性は食い入るようにモニターを見つめながら「すごいなこれ」と息を呑んだ。
数字は「630」になったが、赤い点滅は止まりそうで、止まる気配がない。「638」まで行っても、一騎討ちなのだろうか、しぶとい点滅の応酬を繰り返している。
男性はまた「すごいな」とため息をついた。
だが、このような長くひっぱる競りがあるたびに、時間がのび、偶数レーンと奇数レーンの差が開いてしまい、最悪同時にさばかなければいけなかったり、時間がタイトになったりと、大変らしい。すでにこのとき、奇数レーンのほうが早く進んでいて、遅れている偶数レーンとは30番ほどの開きがあった。
それからも男性はしばらく、腕を組みながらモニター画面をじっと眺めながら、この日の動向を探りながら、最低出品価格を据え置くか下げるかなどについて考えていた。
男性は、前回400万円で出品して流れてしまったたトラックを今回こそは売り切りたいとして、380万円に下げることを決めた。タイトが予想されるスケジュールの方向性も見いだせたようで、男性は「少し時間が空くので、その間に弁当を食べる」と言って、同じフロアにある食堂へと向かった。
▲食事中もモニターの様子がチェックできる
カウンターにいる調理員の女性が、目の前に積まれている「ハムカツ弁当」か「カレー」か「うどん」の3つのメニューから選べることを伝えた。
男性は注文してできあがったカレーをトレーに乗せ、紙コップにお茶を注ぐと、席へと座った。コロナの前は、もっとたくさんの定食メニューが選べたのだという。
食堂でも、競りの合間を縫ってきた人たちが、競りの映像がリアルタイムに映し出されるモニター画面の動向を注視しながら、食事をしていた。
食べ終わると、また会場へと戻る準備をして立ち上がった。
▶【中編】コロナによる先行き不透明感、高騰に拍車