動画配信が普及したいま、映画の「アスペクト比」がもつ意味はどう変わったのか
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自分が観ている映画の画面の縦横比について、思いを巡らせることはあまりないだろう。だが、映画の製作者からストリーミングサーヴィスまで、映画のあらゆる関係者たちはこれまでになく画面の形状に注目している。『トップガン』続編から『ジュラシック・パーク』最新作まで、2022年に期待の映画20選次に観る映画のアスペクト比(縦横比)は、高さのある「IMAX Enhanced」だろうか? 横長なウルトラワイド? それとも、ほぼ正方形? だが何より重要なことは、映画監督やスタジオがなぜわざわざ比率を変えるのかということだろう。
そもそも「アスペクト比」とは何を意味するのか?
それを考える前に、まずはアスペクト比とは何か、なぜそれが重要なのか、例を挙げながら詳しく解説していこう。映画のアスペクト比とは、端的に言えばフレームの幅と高さの比のことだ。通常は比率で表現される。例えば、ほとんどのテレビやPC用モニターは1.77:1(消費者向けには「16:9」と表現されていることが多い)であり、これは画面の横が縦の1.77倍の長さという意味だ。2つ目の数字(縦)を1とすれば、1つ目の数字(横)が大きければ大きいほど画面は幅広になる。こう説明すると、映画好きだけが気にかける専門用語に聞こえるかもしれない。確かにそういった部分もあるが、「標準」のアスペクト比が何かと問われると答えはやや曖昧である。かつて映画製作ではアスペクト比を先に決めてから撮影を始めたので、完成した作品はそのアスペクト比がそのまま使われた。しかし、最近はYouTubeから「Disney+」までさまざまなストリーミングサーヴィスが普及し、より幅広な画面で視聴するようになっている。上下のじゃまな黒帯なしで表示できることもあるだろう。さらには好みの縦横比を選べることすらあるのだ。それでは、なぜ映画製作者によって採用するアスペクト比が違うのか。そして視聴者は、どんな場合にどの比率を好むのか。その点を考察してみたい。
映画製作者の苦悩
フレームのどこに俳優を配置し、俳優の周りの環境のどの部分を見せるのか。どの要素に焦点を当てたいのか。こうした構図を決める作業は、難しくもクリエイティヴなものだ。しかし、それより先に決めなければならないものがある。フレームの縦横比だ。これは想像以上に重大な決断と言える。例えば映画『アベンジャーズ』では、ハルクと彼よりずっと小柄なブラック・ウィドウがよく同じフレームに収まっている。この作品を劇場公開の映画で多用される2.39:1のアスペクト比で撮影した場合、ふたりを同じフレーム内に収めることは難しくなるだろう。そこで『アベンジャーズ』は、代わりに1.85:1という一般的ではあるが比較的高さのあるアスペクト比を選び、上下の空間を確保した。壮大な物語を描く場合、高さのある画面はインパクトを与えられるのだと、『ドクター・ストレンジ』や『フッテージ』で知られるスコット・デリクソン監督は語る。「極端に高さのあるIMAXのフレームは直観的で素晴らしい映画体験をつくりだします。映像があまり大きく映し出されるので、フレームの中の作品を観る美学というよりも、自分自身がフレームの中に入り込んだような体験になるのです。わたしの経験上、これは特にアクション映画にぴったりです。3D映画もIMAX以外では観ません」映画監督のザック・スナイダーが『ジャスティス・リーグ』で、かなり高さがありアナログテレビに近いアスペクト比の1.33:1を選んだ理由のひとつもこれだ。この比率なら、バットマンのように身長が高くてがっしりとしたスーパーヒーローの体格を強調できる。高さがあり、そこまで幅の広くないフレームを使えば、ドラマティックなポーズで立つ人間のキャラクター全体を収められるうえ、横に空白部分はほとんどない。IMAXのスクリーンなら、そのシーンが特に印象的に見えるだろう。しかし、ザック・スナイダーが監督を退任したあと『ジャスティス・リーグ』はより伝統的なワイドスクリーンのアスペクト比に変更され、劇場公開された。一方、スナイダーによる『ジャスティス・リーグ』のディレクターズカット(通称「スナイダー・カット」)は最終的に1.33:1となったが、多数の人の視聴環境であるテレビ画面は幅があるので脇に黒帯が残ってしまう。ここでアスペクト比の選択において、映画製作者が直面する問題が浮き彫りになる。理想的な視聴体験を思い描いて撮影しても、実際は多くの人が(場合によっては、ほぼすべての人が)想定とはまったく異なる状況で作品を観るはめになるのだ。
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