21歳でプレイ歴14年、『鉄拳』のプロシーンの未来を担う弦選手にインタビュー
OPANGAリーグ×鉄拳7 シーズン5でも優勝し、もはや若手のエースではなく、日本のエースと言えるほどの活躍をみせる弦選手
『鉄拳7』のプロプレイヤー弦選手は、小学生の頃から『鉄拳』シリーズをプレイし、中学生のときに北米の格闘ゲーム大会「EVO」で準優勝を果たすなど、神童プレイヤーとして存在感を放っていました。【写真】「鉄拳」シリーズをプレイする、幼い頃の弦選手2019年にJeSU(日本eスポーツ連合)プロライセンスを取得し、プロゲーマーとして本格活動を始めた弦選手は、21歳の若さにして、日本の『鉄拳7』のeスポーツシーンを牽引していると言っても過言ではありません。国内外の大会で優勝するだけでなく、New York Videogames Critics Circleが主催するゲームアワード「New York Game Awards」で年間ベストeスポーツプレイヤーに贈られる「Joltin’ Joe Award」の受賞も果たしています。そんな弦選手に、『鉄拳』との出会いから、大学受験、父親についてなど、話を聞きました。――まずは、自己紹介をお願いします。弦選手(以下、弦):DONUTS USG所属の弦です。『鉄拳』シリーズを14年プレイしており、今はプロゲーマーとして活動しています。21歳です。――21歳にして14年のキャリアというのは、若手でありながら、すでにベテランの域に入っていますね。弦:そうですね。プレイし始めたのが早かったので、プレイ歴もそれだけ長くなりました。――早速ですが、「New York Game Awards」で「Joltin’ Joe Award」を受賞した感想をお聞かせください。弦:実は「New York Game Awards」のことをあまりよく知りませんでした。あとから調べたんですが、本当に有名な人しか受賞していないんですよね。改めて、すごい賞をいただいたと感慨深くなりました。なにより、受賞以上に『鉄拳7』が注目される機会になったことがうれしかったですね。受賞したあとは、多くのかたから祝福のメッセージをいただきました。――2021年は「TOPANGA LEAGUE x TEKKEN7 Season3」や「EVO 2021 Online」、「Tekken Online Challenge 2021 Japan Online Masters」、「Red Bull Kumite」など、大規模大会で軒並み優勝していますが、成果を出せている秘訣はあるのでしょうか。弦:2021年はこれまでプレイしてきた中で、一番結果を残せた年でした。結果を残せるようになってきたのは、2020年の下半期からですね。その勢いを今でも続けられている感じです。それより前の勝てなかった時期は、自分に自信が全然持てませんでした。徐々に結果を出せるようになるにつれて自信がつき、それがさらなる結果につながっていると思います。大会でもよりアグレッシブな動きができるとともに、落ち着いてプレイできるようなりました。――シャヒーンというキャラクターを使っていたときも強かったですが、そのあと、新キャラとして登場したファーカムラムやリディアとの相性がよさそうに見えました。弦:ファーカムラムとリディアは、キャラクターとして強いんですよね。TOPANGAリーグでシャヒーンを使っていたときに、対戦相手がファーカムラムを使っていて、戦いにくく、つらかったんです。自分が使用しているシャヒーンを理想通りに動かせたのに負けてしまうこともありました。それからシャヒーンだけで勝ち抜くのは難しいと考えるようになったんです。それで、TOPANGAリーグのシーズン3ではファーカムラムを使用して優勝できたんですが、シーズン4ではファーカムラムを使ったにもかかわらずボコボコにされて負けてしまいました。そのため、さらにリディアも使い始めました。――多くの選手がファーカムラムやリディアを使っていますが、同じキャラクターを使いながらも勝ち抜けているのは、キャラクターの強さだけではないように見えます。弦:もちろん、キャラクターの強みを引き出せることも大事です。ガードや攻撃のタイミングなどのうまさを“鉄拳力”と呼んでいるのですが、鉄拳力をしっかりと高めたことが勝利につながったんでしょう。――弦選手は、大学受験のために1年間、『鉄拳7』の活動を休止していましたが、その大学を辞めてしまいました。どのような考えがあったのでしょうか。弦:大学を辞めようと思ったのは、よく海外に行っていた時期ですね。多いときはひと月に2回ほど海外遠征をしていました。移動や大会、練習に時間を割く必要が出てきて、その結果、大学の課題がこなせなくなってしまったんです。さらに、プロチームからオファーがあり、チームに参加するようになりました。チームに入った以上は、結果を残さなくてはならず、より一層練習しました。それで大学のほうが疎かになってしまい、単位を落としがちになってしまったんです。しかも、『鉄拳7』に注力しながら大学のことをやっていると、『鉄拳7』にも全力を注げません。結局、大学も『鉄拳7』も、どっちも中途半端になってしまい、大学を辞めることを決意しました。せっかく入った大学ですし、家族にも支援をしてもらったので、辞めることはなかなか言い出せませんでしたね。――大学を辞め、『鉄拳』一本になってから結果が出始めたのでしょうか。弦:大学受験で休んでいた1年間のブランクは本当に大きくて、全然勝てなくなっていました。少しずつでもうまくなるように練習したり、ほかのプレイヤーからアドバイスをもらったりして、とりあえず1年間は経験を積むための期間だと考えてプレイしました。そこそこ結果が出始めた頃に、「YAMADA CUP」という大会が開催され、そこで優勝できたんです。今思えば、その大会がきっかけだったかもしれません。そのあと行われた「鉄拳プロチャンピオンシップ 日韓対抗戦2020」や「マスターカップ」でも結果を残せました。――ブランクがある中で、JeSUのプロライセンスは比較的早めに取得していましたね。弦:プロライセンスを取得するための大会では、結構早めの段階で負けてしまって、トーナメントのルーザーズサイドに落ちてしまいました。でも、ルーザーズで3回ほど勝ったときに、いけそうな気がしてきたんです。ゾーンのようなものに入った感じですね。まったく負ける気がしなくなったんです。ウイナーズサイドで僕を負かした選手はウイナーズのベスト8まで勝ち上がっていましたが、ベスト8初戦で敗北し、ルーザーズに落ちてきたんです。そこで再戦し、リベンジを果たすことができました。そしてルーザーズを泳ぎ切り、ライセンスを取得できました。ほかにも、トーナメントでは親友との対決があるなど、いろいろなドラマがあった大会でしたね。――幼少の頃から『鉄拳』シリーズをプレイできたのは、父親、いわゆる弦パパの支援によるところが大きいと聞きます。これまでどのような形で支援を受けていたのでしょうか。弦:当時、両親がメダルゲームにハマっていて、よくゲームセンターに連れて行ってもらいました。そこで、『鉄拳6』をみつけ、100円をもらってプレイしていたんです。何度挑戦しても一瞬で倒されてしまい、繰り返し父親に100円をねだりにいきました。コンピューターが強すぎると思っていたんですけど、様子を見にきた父親に「コンピューターでなく店内に対戦相手がいる」と教えてもらったんです。コンピューター相手なら、「難しい」で済むんですけど、相手がいることを知って、負けることがすごく悔しくなりました。それからは、学校が終わるとゲームセンターに連れて行ってもらい、やり込んでいましたね。――お父さんは『鉄拳6』がうまかったんでしょうか。弦:プレイしないわけではありませんが、そんなにうまいわけではなかったです。ただ、教えるのはうまいと思いました。僕のプレイをみて、どこが悪いのか的確に指摘してくれて。上達するうえで、かなり参考になりました。――日々のゲームセンター通い以外に大阪などへの遠征にも連れていってくれたと聞きましたが。弦:そうですね。通っていたゲームセンターには、ゲームをプレイする筐体以外に、『鉄拳6』用のモニターが設置してあったんです。全国のプレイヤーのランキングやトップランカーの対戦がモニターに映し出されていました。そこで、大阪に強い人がいることがわかり俄然興味を持ったんですが、その様子を観ていた父親が「じゃあ、行こうか」って大阪に遠征に連れて行ってくれたんです。ほかにも九州各地の強豪プレイヤーがいる店舗などにも連れていってくれました。――大阪遠征ではどんなプレイヤーと出会ったのでしょうか。現在、プロ選手として活動している選手はいますか?弦:プロとして活動しているプレイヤーはいないですね。大阪で強かったのは、ティッシュもんさんとマタドールさんの2人です。当時の『鉄拳』界のトップのプレイヤーで、対戦させてもらいましたけど1勝もできず、25連敗くらいしました。――また、大学を辞めたことを機に、活動の場を福岡から東京に移したとのことですが、東京で活動する利点はなんでしょうか。弦:東京に来たきっかけは、現在所属しているチームが東京にあったからですね。あとは、1年ほど前からテレビの取材や収録に呼ばれるようになったことも理由です。こちらが移動するのも大変ですし、先方は東京に住んでいるほうが呼びやすいこともあり、仕事が増える可能性があると、ほかの鉄拳プレイヤーに言われました。練習面でも、福岡に比べて東京はプレイヤーも多いですし、オフラインでの対人練習が可能です。オンラインだとアドバイスや対策についての会話がしにくいので、オフラインのほうが実力が身に付きやすいですからね。ただ、東京に出てからずっとコロナ禍で、オフラインの練習はまだ一度もできていないんですけど。――格闘ゲームはプレイヤーの年齢層が高めで、プロシーンも同様です。ただ、最近、『ストV』のカワノ選手や『鉄拳7』の弦選手など若手が台頭し始めていますが、この現状をどう見ていますでしょうか。弦:格ゲー業界に若手が出てくるのはいいことですね。そろそろ世代交代させてくれよって思います(笑)。ただ、『ストV』はカワノ選手以外にも、若手がたくさん出てきていますが、『鉄拳7』は若手が本当に少ないんです。なので、僕が若手を育てていこうと考えています。一応、自分も若手の部類なので、一緒に強くなるような取り組みをしています。今後、どんどん一緒にプレイしていく若手が増えていってほしいですね。僕が活躍することで、少しでも多くの人に『鉄拳7』やってみようと思ってもらえるように、影響を与えていければと思います。――『鉄拳7』をはじめとする格闘ゲームは、eスポーツシーンにおいても、ゲームシーンにおいても、FPSやMOBAなどにプレイヤー人口も人気も押され気味だと思います。特に若年層はその傾向にあるのですが、弦選手自身が若年層に『鉄拳7』や格闘ゲームをプレイしてもらうためにやっていることはありますか。弦:『鉄拳7』をすでにやったことがある人、初心者や中級者をDiscordで集めて、一緒に練習したりアドバイスしたりしています。ただ、まったくやったことがない人、新規プレイヤーの取り込みまではできていません。ですが、今、若年層から人気の『Apex Legends』をプレイしている配信者と仲良くさせていただいていて、彼らが『鉄拳7』に興味を持ってくれているんですよね。ゲーム動画配信で有名な人たちが『鉄拳7』をプレイしてくれるので、最近は一緒にプレイすることもあります。彼らの配信を目当てにしている『Apex Legends』のファンにもアピールできているので、そこから新規プレイヤーが増えてくれるとうれしいですね。――なるほど! 今度は弦選手が、彼らに『Apex Legends』を教えてもらいながらプレイするとより相乗効果が生まれるかもしれませんね。弦:そうですね。まだ、『Apex Legends』を教えてもらっていないので、今度、言ってみます。――『鉄拳7』を多くの人に知ってもらうことについて、プレイヤー人口が増えることと、観客層を増やすのでしたらどっちを目的としていますか。弦:そこはどちらでもよくて、『鉄拳7』そのものに興味を持ってくれる人が増えることが重要ですね。『ストV』と比べたら興味を持っている人の数にはけっこう差があると思います。――『鉄拳7』はグローバルで人気があるような感じもしますね。弦:海外大会では熱量が本当にすごいんですよ。逆転すると会場が揺れるぐらい盛り上がります。――今後の活動目標を教えてください。以前は、大学に入って、銀行員などの安定した職業に就きたいと言っていましたが。弦:ああ、言っていましたね(笑)。大学受験前後は、安定している仕事を求めていたけど、今は真逆です。チームに入って給料をもらっていますが、プロゲーマーである以上、大会などで結果残すことで賞金などのボーナスが入ってきます。このボーナスをもっと増やせるように狙っていきたいですね。結果として、安定した仕事ではなく、プロゲーマーとして活動していますが、この道は今後も続けていきたいと思っています。今後の目標は、知名度を上げて行くことです。プロゲーマーとして多少認知度は上がりましたが、まだまだ足りないと思っています。もっと有名になりたい。知ってもらうというのが目標。僕が有名になることで『鉄拳』ももっと知ってもらえるはず。そのため、表に出る仕事のオファーはなんでも受けていきます。あとは、人前に出る以上、もっとちゃんとしゃべれるようになりたいので、トークも勉強していきたいですね。同じ格闘ゲームでいえば『ストV』の選手は皆さんカリスマ性がすごくて、個性も強いですし、トークもうまい人が多いんです。自分も含め『鉄拳』界隈は、そこられへんを見習っていきたい。ちなみに、『ストV』の選手って『鉄拳7』がうまい人も多いんですよね。ときど選手とか豪鬼を本当にうまく使っていて、すごく強くて。こちらも『ストV』をやっていくべきなのかな。――最近はチクリン選手や破壊王選手、ゆうゆう選手が『ストV』を配信でプレイしていますね。弦:ゆうゆう選手は『ストV』女子になるんじゃないかって勢いでやっていますね。僕はちょっと触ったんですけど、まあ、弱いですね。2Dに向いていないというか、戦いかたがまるっきり変わってしまうので。もし、プレイするならラシードがいいかなぁ。――最後に『鉄拳7』の魅力についてお聞かせください。弦:そうですね『鉄拳7』にしかない魅力はいくつかあります。まず、キャラクターの多さですね。50近くのキャラクターを選べる楽しさがあります。また、逆転率の高さも魅力。最後の最後まで油断できないというか、「そこから逆転するのか!」というような状況が頻繁に起こります。これはほかにない感じで、最後までハラハラして気を抜けません。コンボダメージの高さや壁破壊もほかのタイトルに見ない楽しさですね。――ありがとうございました。*****小学生の頃から活躍し、今や同じプロ選手をもっても「手が付けられない強さ」を身につけた弦選手。まさに『鉄拳』界の藤井聡太5冠。それだけに、今、彼が活躍している状態をリアルタイムで観られるのは至上と言えるでしょう。まだ、注目していないのであれば、のちのレジェンドたり得る選手の現役の姿を見られるチャンスなので、ぜひ、弦選手のプレイを観てほしいところです。 著者 : 岡安学おかやすまなぶeスポーツを精力的に取材するフリーライター。ゲーム情報誌編集部を経て、フリーランスに。様々なゲーム誌に寄稿しながら、攻略本の執筆も行い、関わった書籍数は50冊以上。現在は、Webや雑誌、Mookなどで活動中。近著に『みんなが知りたかった最新eスポーツの教科書』(秀和システム刊)、『INGRESSを一生遊ぶ!』(宝島社刊)。@digiyas
岡安学