音響技術者のための映像入門<第8回:ライブ配信事例
大阪・阿倍野の音響会社 株式会社結音(ゆいおん)
「ぼくはもともと、ミュージシャンになりたくて岡山から大阪に出てきたので、舞台にはまったくと言っていいほど興味がなかったんです。ミュージカルとか、何か気持ち悪いと思っていたくらいで(笑)。でも、大阪芸大で舞台音響効果コースを専攻して、演劇などに関わるようになり、ものの見事にハマってしまいました。音響そのものもそうなんですが、チームみんなで何かを作り上げるのがとてもおもしろいなと。そう思えたのも、表方/裏方分け隔てなく接してくれる良い仲間に巡り合えたからかもしれないですけど……。それで卒業後も、大学の延長のような感じで、フリーランスで音響の仕事を手がけるようになりました。30歳のときに馬場(編注:結音所属のサウンド・エンジニア、馬場貴子氏)と知り合い、運良く自分一人では捌き切れないくらい仕事が入るようになったので、2016年に5名のスタッフとともに株式会社結音として法人化し、現在に至ります。受けている仕事は本当に様々で、芝居やミュージカル、バレエ、ダンス、コンサートの音響を基本に、イベントなどの外仕事、劇場管理などもこなしています。また、オフィスには簡単なスタジオ・スペースもあり、効果音制作や作曲/編曲などの仕事も請け負っています。こちらから積極的に営業しているわけではないのですが、いろいろな人から“これできない?”と声をかけていただいて、仕事の幅がどんどん広がっていった感じですね。テレビ関係の仕事やワイヤレスのオペ、効果音のポン出しなども手がけていますし、音に関わることであれば、何でもやっています」(藤森氏)
「楽しくてアットホームな雰囲気は、弊社の大きな特徴です。こういう和気あいあいとした雰囲気が嫌だという人もいると思いますが、この感じがあっている方はまた依頼してくれますね。弊社はリピート率が抜群に高いので、アットホームな雰囲気を求めている人が多いのかもしれません(笑)。女性スタッフが多いのは特に理由はなくて、募集をかけても男の人からの応募がないんですよ。弊社の仕事は、ラインアレイをドンと積んでという感じではないので、音響の専門学校に通っている男子にはあまり魅力がないのかもしれませんね。アットホームな雰囲気が特徴の弊社ですが、他の会社と比べて料金は決して安くはありません。これはあえてそうしていて、料金で勝負したくないと思っているんです。一度安い料金で請け負ってしまうと、それ以降はその料金が標準になってしまいますから、料金設定には気をつけていますね。その分、請け負った案件に対しては、120%の内容で返すという気持ちで取り組んでいます」(藤森氏)
昨年4月にVR-4HDを導入しライブ配信/収録業務を開始
「映像に関しては前々から興味があり、一昨年、会社のブランディングの一環として、YouTubeチャンネルを開設してみたんです。今のところ大したコンテンツは公開していないのですが、そのYouTubeチャンネルを通じて、ウチに興味を持ってくれる人が増えればいいなと。外現場での映像の切り替え用に導入していたローランドのビデオ・スイッチャー、V-1HDがありましたし、馬場が趣味でカメラをやっていたので、何か新しいことを始めてみようという感じですね。でも、映像に興味があったと言っても、“i”と“p”の違いとか知らなかったですし、HDMIケーブルもAmazonで買ったメーカー不明のもので、“とりあえず映ったからOK”というレベルでした(笑)。
「ライブ配信についての知識はそれほど無かったのですが、実際の業務では映像と音声のズレと、配信時の音圧が問題になるなと思ったんです。ですので、映像と音声を揃えることができるディレイと、オーディオ・ミキサーの出力にトータル・コンプレッサーが入っているものがいいなと思い、オール・イン・ワンのVR-4HDを導入することにしました」(水落氏)
初のライブ配信の現場となったオンライン・マーケティング会議
「音声に関しては、ピン・マイクで拾った司会者の声と、マイクを立ててオーディオ・インターフェース(ローランド Rubix24)経由で収音した消費者の皆さんの声を、オーディオ・ミキサーで整音してからVR-4HDに送ったのですが、これがめちゃくちゃ大変でした。音はマイナス・ワンで送り合わないといけないですし、何よりZOOMの音質が良くない。どうすれば良い音になるのか、送り込む音量はどれくらいがベストなのか、それが一番苦労した部分ですね。それとZOOMで注意しなければならないのが、バージョンによって音の扱いが変わるんですよ。前のバージョンでは問題なかったのに、アップデートした途端に音が途切れるようになってしまったり、音量感が変わってしまったり、背景の雑音が目立つようになってしまったり……。これは今でも注意しなければならない部分ですね。また、リハーサルのときは大丈夫だったのに、本番になった途端に音が来なくなるという原因不明のトラブルにも見舞われました」(水落氏)
「仕事がすべて止まってしまって暇だったので、大阪芸大時代の後輩のミュージシャンを誘って、自分たちでコンサートを企画してみたんです。管理で入っている堺市立西文化会館ウェスティに相談したら、協力してくれるということになって。後輩がキューバ人のボーカリストとか仲間を集めてくれて、出演者7人、60分くらいのコンサートを無観客で開催しました。皆がやっているような音楽の生配信に興味があったので、YouTube Liveを使って無料で配信してみたんです」(藤森氏)
「カメラは、あるものは全部置いてみようと4台セッティングしたんですが、現場でズーム・リングを操作すること自体初めての経験でしたし、画作りの知識も皆無だったので、とても苦労しました。寄るつもりだったのが引いてしまったり、どっちに動かしたらどういう画になるかが体に馴染んでないので、めちゃくちゃダサい映像になってしまうんです。私はカメラに付いて、VR-4HDをオペレートする水落とはインカムでやり取りしながら操作したんですが、今は恥ずかしくて見ることができないですね(笑)」(水落氏)
「コンサートのライブ配信を初めてやってみて難しかったのは、やっぱり音量感と音圧です。PAのミックスのままですと、ボーカルとMCの音量差があり過ぎて聴きづらいですし、どれくらいのレベルがライブ配信には最適なのか手探りでオペレートしました。PAと違い、ライブ配信だとドンと音量を上げてもハウリングしないので、“そのあたりは違うね”と皆で話したのを覚えています」(水落氏)
「依頼される仕事の内容は様々だったのですが、いろいろこなすうちにカメラの設置位置やスイッチング、配信用のミックスのコツを掴んでいった感じですね。11月になると、イベントの主催者が申請していた文化庁の助成金が下りるようになったので、それからどんどんライブ配信の仕事が増えていきました。助成金が絡むイベントは、記録として残さなければいけなので、収録の仕事もけっこうやりましたね。昨年4月にVR-4HDを導入して、自分たちでコンサートを企画していなければ、ここまで仕事がくることもなかったと思うので、頑張ってライブ配信に取り組んだ甲斐があったと思います」(藤森氏)
ライブ配信のセッティングとオペレーション
▶︎1 : カメラのセッティング
「4台のカメラは、一番ズームができるAG-CX350が舞台の正面、AG-GH4Uはピアノの手元やドラムの真横といった舞台上、2台のXA55は左右両サイドか引き画用にセッティングすることが多いですね。ミラーレス一眼のAG-GH4Uは、人が常に着いていなくても背景がボケたお洒落な画になるので、そういった映像が欲しいポイントで使用しています」(水落氏)
「現場で使用するカメラの台数は、イベントの内容によります。ソロ歌手のライブとかですと、カメラを4台立てたとしても、結局2台しか使わなかったりするんです。逆に多くのミュージシャンが同時に演奏するようなイベントでは、やはりカメラの台数が必要になります。また、現場のスタッフは、カメラに付いて操作する人と、AVミキサー/ビデオ・スイッチャーを操作する人、最低2人が基本になります。カメラを操作するスタッフは、できれば2人、1人だと現場によってはしんどいですね。最近はカメラの操作は若いスタッフに任せることが多いのですが、スイッチング側になるといろいろ感じることがあります。操作に慣れてないと、どうしても早く動かしてしまうので、ゆっくりなめるように動かすだけでも雰囲気は出ると思います」(馬場氏)
「カメラとビデオ・スイッチャーは、大きな現場ではSDIで接続しますが、セミナーなどのコンパクトな現場ではHDMIのまま接続してしまうこともあります。音に関しては、基本オーディオ・ミキサーでミックスしていますが、PA屋さんから2ミックスを貰って、VR-4HD内蔵のオーディオ・ミキサーでエアーを混ぜるケースもありますね。セミナーや会議といったコンパクトな現場では、VR-4HDだけで音をまとめてしまうことも多いです」(水落氏)
▶︎2 : 映像のオペレーション
「AVミキサーのオペレーションの基本となるのは、カメラのスイッチングです。音楽のコンサートであれば、ステージ上で歌っている人、演奏している人に合わせてカメラを切り替える。でも、ギター・ソロだからと言ってギタリストをずっと映すのではなく、2小節に1回は切り替えるくらいの気持ちで操作しています。何秒間に1度は切り替えた方がいいですね。曲のテンポが早いときはカット、バラードなどのゆっくりした曲はフェードで切り替えるのが基本で、フェード・タイムはテンポに合わせて調整します。VR-4HDは、フェード・タイムを瞬時に切り替えられるのがいいですね」(馬場氏)
「スイッチング以外でAVミキサーで行うのは、セミナーのときのPinP(ピクチャー・イン・ピクチャー)くらいですね。あとは遠方にいる人をクロマ・キーで合成することもあります。グリーン・バックを準備してもらって、こちらにいる人と並んで喋っているように合成するのですが、グリーン・バックの濃淡で上手く抜けなかったり、ブルーライト・カットのメガネをかけている方ですと緑色が反射して目が抜けてしまったりするので、注意する必要がありますね」(水落氏)
▶︎3 : 音声のミックス
「普通のPAとライブ配信では、音の作り方はまったく違ってきます。ライブ配信では、PAのようなダイナミック・レンジは要らないので、コンプレッサーなどを使ってレンジを抑えて、言葉がしっかり聴こえるようにする。小さい声は大きくして、常にコンプレッサーはかけている感じですね。もちろんマスターには、ピークで歪まないようにトータルのリミッターが挿さっています。また、現場の空気感を演出するにはエアーが重要になってくるんですが、これも上手くミックスするのが意外と難しい。例えば、ガン・マイクを普通に客席に向けて立ててしまうと、マイクに近い位置に座っている2~3人の拍手しか拾ってくれなかったりするので、少し離れた場所に立てるようにしています」(馬場氏)
▶︎4 : これから始める人へのアドバイス
「これから機材を揃えるのであれば、ビデオ・スイッチャーはAVミキサーがいいと思います。音声と映像が1台で扱えるというのは、やっぱり便利。小規模な現場ですと、ライブ配信と一緒に収録も依頼されるケースが多いので、その点でもAVミキサーが有利です。単体のビデオ・スイッチャーにもオーディオ機能は備わっていますが、XLR端子のステレオ・オーディオ入力や、フェーダーが付いているものはないんですよ。マルチバンド・コンプレッサーやディレイも内蔵されていて、リバーブのノブもしっかり表に出ていますから、音響屋としてはとても操作しやすい。これからライブ配信を始めるのなら、AVミキサーがおすすめです」(水落氏)
「VR-4HDで気に入っているのは、大型のタッチ・モニターが内蔵されているところですね。ビデオ・スイッチャーの多くは、外部モニターを繋げないと映像を確認できないのですが、VR-4HDは本体だけで4分割の画面を見ることができる。ライブ配信を始めたばかりの頃は、本当に映っているのか心配になるものですが、VR-4HDは自分の目で確認できるので安心です。それとボタンなどの操作体系が二段になってないのもいいですね。分かりやすく、操作ミスをすることがありません。それと凄く良いのが、HDMIのINPUT 4にスケーラーが備わっている点。他社のビデオ・スイッチャーは、フォーマットが合っていないとまったく映らないんですが、VR-4HDはどんな信号を入れてもしっかり表示されるんです。パソコンなどは、インターレースでしか出力されないものもあったりするので、このスケーラー機能はとても心強いですね」(馬場氏)
「カメラに関しては、1台だけでも良いカメラがあると違うと思います。民生機ですと、いくら設定しても明るさや色味に限界があるんですが、1台良いカメラがあって引きの画がきれいだと何とかなりますね」(水落氏)
「XA55のような民生機は、ピントが合いやすいので素人には使いやすいんですが、良くも悪くもテレビのような画になってしまいます。これからカメラを導入するのであれば、できるだけメーカーは揃えた方がいいですね。メーカーが違うと、一生懸命色温度を合わせても、同じ色味にはなりませんから。これは私たちの課題でもあります。それと声を大にして言いたいのが、三脚はケチらない方がいいということ(笑)。安い三脚は動き出しが絶対にカクカクいうので、どうしても気になってしまうんですよ。10万円くらいの三脚ですと、動きがとても滑らかで、ビックリするくらい違います。同じように、HDMIケーブルやLANのエクステンダーなどもケチらない方がいいですね。安いものですと、この機材では認識するけれど、あの機材では認識しないということになって、結局買い直すことになります(笑)。それと現場ではスタッフ間のコミュニケーションが重要になるので、インカムも必須ですね」(馬場氏)
最後に
「おもしろかったのが、スタッフの誰も映像についての知識が無かったこと。皆で、“ああでもない、こうでもない”と試行錯誤しながらやったのが凄くおもしろかったですね。まだまだ2年くらいはこの状況が続くと思っているので、とりあえず始めて良かったと思っています。それと現在、自分たちでライブ配信の勉強会を企画しているんですよ。ライブ配信を始めて、いろいろ分からないことがあるので、テレビの音声マンに講師をお願いし、配信用音声の作り方を講義してもらおうと。似たようなオンライン・セミナーはたまに行われていますし、ぼくも受講してみたことがあるんですが、業務で音響をやっている人間にとっては内容が物足りない。指向性の説明とかは要らないので(笑)、実際にどれくらいのレベルで、どれくらいの音圧にすればいいのかという実践的な情報を知りたいんです。こういう情報を知りたがっている人は多いと思うんですが、なかなかその術がないので、だったら自分たちで企画してしまおうと。6月2日にクレオ大阪中央のセミナー・ホールを借りて、オフラインとオンラインのハイブリッド形式で行いますので、ライブ配信を始めたばかりの人や、これから始めるという人はぜひ受講していただければと思います」(藤森氏)
監修:ローランド株式会社
AVミキサー VR-4HDに関する問い合わせ:ローランド株式会社Tel:050-3101-2555(お客様相談センター)https://proav.roland.com/jp/
株式会社結音