マイクロプロセサの実装コスト - チップの値段はどのようにして決まるのか
本連載はHisa Ando氏による連載「コンピュータアーキテクチャ」の初掲載(2005年9月20日掲載)から第72回(2007年3月31日掲載)までの原稿を再掲載したものとなります。第73回以降、最新のものにつきましては、コチラにて、ご確認ください。
マイクロプロセサはウェハというシリコンの薄い円盤の上に作られる。大きな円盤で一度に多数のチップを作る方が単価を下げられるので、このウェハの寸法は時代とともに大きくなっており、最先端の半導体工場では直径300mmのものが用いられる。
300mmウェハの面積は約700平方cmであり、1平方cm(10mm角)のチップなら700個(実際には、周囲が欠けるので完全なチップとしては600~650個)を載せることができる。これらのチップが全部良品であれば良いが、微細なゴミや特性のバラツキなどで不良品も出来てしまう。ウェハ上に作られた良品チップの個数を歩留りと呼び、ウェハ上の全チップに対する比率を歩留り率と呼ぶ。
歩留り率が幾らになるかは、その半導体プロセスの習熟度などの工場の実力によるし、プロセサチップの設計にも依存するので一概には言えない。また、チップの大きさが大きくなると欠陥を含む確率が増えるので同じ工場、設計水準でも歩留りは低下する。ITRSでは、歩留り率のモデルとして次の式を使っている。
ここでYsはシステマチック歩留まりと呼ばれるもので、マイクロプロセサの場合、ITRSでは90%と見ている。Aはチップの有効面積、D0は単位面積あたりの電気的動作に影響を与える欠陥個数であり、AD0はチップ1個の中に平均的に含まれる欠陥個数である。αはクラスタ係数と呼ばれるもので、欠陥は完全にランダムに分布するのではなく、ある程度かたまって存在する効果を記述するパラメータであり、ITRSでは2.0を用いている。
上記の式を用いると、AD0が1.0個の場合の歩留り率は40%となる。つまり、欠陥密度1.0/平方cmのプロセスで100平方mmのチップを製造すると40%のチップが良品になる。一方、プロセスをクリーンにしてゴミ粒子などを減らしてD0を0.5に半減すると歩留り率は57.6%に向上し、実用上、最高と言われるD0=0.2になると74.4%となる。
しかし、サーバ用のように400平方mmのチップでは、D0=1.0のプロセスで作ると10%の歩留り率となってしまう。このように、量産されているプロセサでは、歩留り率は概ね10%から75%の間にあると思われる。巨大なサーバ用チップでは10%に近く、Intelのデスクトップ用プロセサでは70%以上の歩留りという噂もある。
300mmウェハを使う最先端半導体工場の建設費は2000億円程度と言われる。これを3年で償却すると、年間の減価償却費は700億円程度となる。この工場で300mmウェハを月2万枚製造できるとすると、ウェハ1枚あたりの減価償却費は約29万円になる。これにウェハや化学薬品やガスなどの原材料、工場の運営経費などとして1枚あたり10万円を見込むと、ウェハの原価は約40万円となる。日本の大企業の場合、半導体プロセスの開発費負担や本社費用、営業経費、などがコストの50%程度を占め、製造原価は40%、そして営業利益が10%程度というのが標準的のモデル(現実には売値が下がったり、設備稼働率が下がったりで赤字になったりしているのであるが)であるので、これを考慮するとウェハ1枚は約100万円ということになる。
ただし、工場の建設費は規模やどの世代の半導体技術を使うかにより異なり、また、工場の償却が進むと減価償却費が減少する。さらに、同一の工場でも配線層数が増加するなどプロセスのステップ数が増えると加工時間が長くなり、反比例して生産量が減る。また、Intelのように同一チップを大量に生産する場合は装置の設定は一定でよいが、多品種を生産する場合はマスクを交換したり、装置の設定を品種に合わせて変えたりするなどの手間が掛かるので生産量は低下する。このように、色々な条件によりウェハの値段は変動するので、上記の推定はあくまで目安である。
世界最大の半導体ファウンドリメーカである台湾のTSMC社の2005年4Qの決算報告からみると、200mmウェハに換算して約150万枚を製造し、売り上げが3000億円弱であるので、平均してウェハ1枚が20万円程度である。この値段から面積換算すると300mmウェハでは45万円となる。また、TSMCの売り上げは110/130nmとそれより古い世代のプロセスが売り上げの80%程度を占めているので、この値段は130nm~180nm程度のこなれたプロセスのウェハの値段であり、最先端プロセスの場合は、高い減価償却費に伴うプレミアムが上乗せされると考えられる。
D0=1.0を想定して、300mmウェハに100平方mmのチップを650個作り込み、その40%が良品とすると、おおよそ260個の良品チップが取れる。ウェハの値段が100万円とすると、1個あたり4000円弱である。これにチップ試験のコスト、パッケージのコストが加わると5000円から7000円という製造コストになる。
これが400平方mmの巨大チップとなると1枚のウェハに150個程度しか載らず、歩留りが10%に低下すると、良品は15個となる。100万円のウェハで15個の良品になるとチップ単価は約7万円であり、テストも時間が掛かり、パッケージもピン数の増加や電力の増加により高価になるので8万円から10万円の製造コストになる。
製造原価率は50%程度が採算ラインであるので、20万円で売られるハイエンドサーバ用プロセサは400平方mmで8万円のコストでも良いが、5000円で売られるローエンドのPC用プロセサでは3500円のコストでも高く、出来るだけチップを小さくしてウェハに載る個数を増やし、かつ、設計と製造の両面で歩留りを上げる努力が重要となる。