ASCIIスタートアップ スタートアップは知財部出身者を雇え PxDT落合氏
この記事は、特許庁の知財とスタートアップに関するコミュニティサイト「IP BASE」(外部リンクhttps://ipbase.go.jp/)に掲載されている記事の転載です。
2020年のスタートアップ×知財のベストプレイヤーを表彰する「第2回IP BASE AWARD」のスタートアップ部門のグランプリは、アカデミアで生まれた知財の社会実装に連続的に取り組むピクシーダストテクノロジーズ株式会社が受賞。同社は、創業初期から知財活動に注力し、2017年の設立から4年間で出願した特許件数は100件超を数える。2020年からは知財部門を「IP&Legalファンクションチーム」として事業本部内に置き、権利化業務だけでなく契約実務にもその知見を反映している。同社の知財に対する考え方、社内体制について、CEOの落合 陽一氏とCOOの村上 泰一郎氏、IP&Legalファンクションチームの木本大介氏、片山晴紀氏に話を伺った。
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社代表取締役CEO/博士落合 陽一(おちあい・よういち)氏 1987年生まれ。2015年東京大学学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の短縮終了)。日本学術振興会特別研究員DC1、米国Microsoft ResearchでのResearch Internなどを経て、2015年から筑波大学図書館情報メディア系助教デジタルネイチャー研究室主宰。2017年からピクシーダストテクノロジーズ株式会社と筑波大学の特別共同研究事業「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」代表/准教授、デジタルネイチャー開発研究センターセンター長。
代表取締役COO村上 泰一郎(むらかみ・たいいちろう)氏 東京大学にてバイオマテリアル専攻修士課程修了。アクセンチュア戦略コンサルティング本部にてR&D戦略、デジタル化戦略/新規事業戦略等を中心にテクノロジーのビジネス化を支援。ベンチャー技術の評価と大企業への橋渡しを行なう新組織Open Innovation Initiativeおよびイノベーション拠点Digital Hubの立ち上げに参画。
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社(以下、PxDT)のビジネスモデルは、産学連携も含めたアカデミア発の知財を取得し、その技術シーズをもとにニーズドリブンでの開発を進め、連携先企業とのオープンイノベーションあるいは自社事業として市場に展開していく形だ。
要素技術を研究・開発して販売するだけではなく、特定産業領域での課題やニーズを見つけ、ハードウェアやソフトウェアでのソリューションとして実装していく。特徴的なのは、連携先の筑波大学・東北大学の共同研究で生まれた知財が、同社の新株予約権をてこにして、スピーディーに100%譲渡される契約を交わしている点にある。
(画像提供:ピクシーダストテクノロジーズ)
市場展開は、SaaSや物販・レンタル、技術活用提案のほか、広範な意味での共同事業モデルまでさまざまだ。2021年現在、自社事業展開、大企業との連携、新規事業創出を支援するコンソーシアム「Pixie Nest(ピクシーネスト)」の3つの手法で展開されている。
主要な事業領域は、ワークスペースとダイバーシティ・ヘルスケアの2系統。
ワークスペース領域では、感染症対策BCPソリューション「magickiri(マジキリ)」、3D空間のセンシング・デジタル化を通じて空間のデジタルトランスフォーメーションを促進するプラットフォーム「KOTOWARI」をリリース、2021年11月頃には音響メタリアルを用いた吸音技術「iwasemi」を正式リリース予定だ。
ダイバーシティ・ヘルスケア領域では、自動運転車いす「xMove(クロスムーブ)」、聴覚障害者も音楽を楽しめる球体デバイス「SOUND HUG」など多数の製品・サービスを開発している。
上述の通り、アカデミアと産学連携スキームを組んでいるため、新たな技術がどんどん入ってくることはもちろん、社内にアカデミアの最新技術や論文をキャッチアップする風土があり、かつそれをソリューションに落とし込める研究開発体制を持っているのが同社の強みだという。
「我々は特定の技術のみを実装したいわけではありません。また連携先も特定の大学に限定しているわけではありません。あくまで課題解決の部分で、アカデミアの研究成果、社内の研究成果、他社との共同研究成果を連続的に社会実装する仕組みを作ることを目指しています。社会実装によって研究開発のROI(投資利益率)を上げ、再び研究側に還元する仕組みを創りたいと考えています」(村上氏)
(画像提供:ピクシーダストテクノロジーズ)
創業以前から職務発明規程など社内の知財体制を整備
PxDTのビジネスモデルでは知財が重要になるため、採用面でもその方針は明確だ。創業間もない時期から弁理士の木本大介氏と連携し、社員がいない段階から落合氏・村上氏と共に3人体制で知財活動を始めていた。
木本氏との出会いは、創業前に落合氏が個人発明家として特許出願の相談をしたのが始まり。その後、PxDTの創業を経て、特許出願に限らず、知財に関連する業務全般を依頼したという。当時、木本氏は特許事務所に所属していたため、数ヵ月は外部の弁理士として契約し、最初の出会いから1年後に入社し、正式に知財部門を立ち上げた。
創業前の段階であっても、落合氏と村上氏の両氏の知財感度の高さは明確だったと木本氏は語る。落合氏は学生の頃から多くの特許出願の経験があり知財への意識が強く、村上氏は前職で大企業サイドからのオープンイノベーションに携わっており、契約交渉の場面で知財が論点となることから、スタートアップにとっての知財の重要性を感じていた。
「覚えているのは、出会って2回目の打ち合わせで、創業者2人が口をそろえて『知財が大事だ』と明言していたこと。2017年当時、創業初期から知財の重要性に意識を傾ける経営者と出会った経験は多くなく、手伝いたいと思う大きなモチベーションになりました」と木本氏は当時の印象を振り返る。
PxDTでは知財が重要なのは当たり前であり、木本氏が知財の重要性を社内で訴えたことも、これまで一度もないそうだ。たとえば職務発明規程についても、まだ社員がいないうちから作成を開始し、知財体制の整備に着手している。現在も社内で使われている特許データベースや契約データベースも創業当時に作られたものだ。
「最初のうちは普通に特許出願の依頼を受けていたのですが、打ち合わせでさまざまな話を聞いていると、足りないものが目に付くようになって。職務発明規程があったほうがいいよね、とか、契約書の管理はどうなっているんだろう、とか、気付いた課題を提起しているうちにどんどん頼まれるようになって。その蓄積が今も続いています」と木本氏。
村上氏は、「スタートアップは状況が流動的。特許化するか秘匿すべきかのアドバイスや社内の知財体制の整備の提案を次々としてくれて、これほどフットワークの軽い弁理士さんはいないので、ぜひ入ってもらいたい、と。そのときに、ビジネスネゴシエーションもできる弁理士になってほしい、という話をしました」と振り返る。
相性のいい知財専門家とはなかなか出会えないと言われるなか、たまたま方向感が一致する相手と出会えたのが幸運だった、と落合・村上両氏は話す。
日本初の大学との新株予約権発行による知財契約を締結
創業者2人の知財についての本気度を木本氏が改めて実感したのは、2017年の筑波大学との特別共同研究事業の交渉のときだ。
「事業家と研究者が時間をかけて、大学側と初めての知財契約のスキームを組んだことで、僕の中で彼らの本気度が確信に変わりました。この件で僕が交渉に同席したのは1回だけで、9割は落合・村上の交渉の力です。契約書のレビューや知財の論点の確認はやりましたが、交渉の大半は、2人だけで詰めていたので驚きました。弁理士に相談するポイントも的を射ていて、僕がいなくてもいい形になっていたのではないかと思います」(木本氏)
そもそも大学側には発行された新株予約権を受け入れる規定がなかったため、まず大学側に規定を作ってもらうところから動いてもらわなくてはならない。落合氏と村上氏は何度も説明に通い、説得を続けたそうだ。
「筑波大学には、前例としてトヨタ自動車との特別研究事業の枠組みがあったのが大きいです。筑波大学は新しい取り組みに対してオープンなので、ほかの大学だとハードルはもっと高かったと思います。とはいえ、トヨタの先例は、新株予約権発行を使って知財をやり取りするスキームではなかったので、知財の包括的契約がなかなかできなくて大変でした」(落合氏)
契約締結まで半年以上かかったが、それでも筑波大学だからできたことだと落合氏は振り返る。前例ができたことにより、2020年には東北大学とも同様のスキームでの連携が実現している。
本契約によって、知財譲渡の対価として新株予約権を発行することで、共同出願の調整やライセンスの交渉が省かれるため、研究成果の社会実装の高速化の仕組みを整えることができた。
技術とビジネスの間をつなぐのは、知財専門家として最もパフォーマンスが出せる部分
PxDTとして社員が徐々に増えていくなかで、2020年には弁理士の片山晴紀氏が加わり、IP&Legalファンクションチームは2名体制になった。木本氏も片山氏も大企業知財部の経験があるので、企業の中での出願業務には慣れているが、契約交渉に関しては発明が完成する前から始まることもあるので、現場に張り付くようにしているそうだ。
「現場サイドから権利化の相談があれば、予算の範囲で出願するかどうかを決めます。何を権利化するのかを判断するだけでなく、権利が契約で保護されているのか、全体を通して見ることが重要だと思っています」(木本氏)
PxDTでは、多種の技術を取り扱い、多様な業種の企業との契約を交わす。技術によってそれぞれ特許明細書の書き方も違えば、契約を締結する企業の業種によって知財に対する考え方も異なる。
「エンジニアと技術の話をしつつ、事業開発の担当者とビジネスの話をしています。技術とビジネスの間をつなぐのは、知財専門家として最もパフォーマンスが出せる部分だと思っています。特許しかやっていなかった弁理士が契約に関与できるのか、と思うかもしれませんが、技術についてのヒアリング結果から将来の価値を生むクレーム(明細書)を予測することは特許出願業務で普通にやっていること。ビジネスについてのヒアリング結果から将来の価値を生む契約スキームは何か、という視点を持って業務に取り組む点は、特許出願業務も契約業務も変わりません。足りないのは経験と知識だけなので、ここはがんばって身につければいい。知財専門家としての能力を最大限活かせる働き方ができていると自負しています」(木本氏)
IP&Legalファンクションチームが事業本部内に置かれたことによって、技術とビジネス、知財、法務の4コンポーネントが現場にそろい、全体を見ながらハンドリングする仕組みができてきている。各種ビジネスプロジェクトの権利化実務・契約実務をセットで対応することにより、蓄積された契約実務から得た学びは、次の権利化実務に還元され、権利化実務の成果は次の契約実務に反映される。目下、こうした知財や契約交渉のやりとりを社内に共有する仕組みを作っており、会社の基盤として整備するのが2021年度の課題だ。
「仮に、大企業の知財部出身者が創業初期のスタートアップにジョインすると、契約実務は避けて通れません。知財と契約の両方を見ていると、権利化実務ひとつとっても、新規性や進歩性だけではなく、ビジネスの観点からも、特許の内容や出願のタイミングなどの判断に迫られます。大企業の知財担当者は日頃、エンジニアからの技術情報のヒアリング結果に知財の視点を入れて、最後は自分で最適だと判断した権利を確保するためのアウトプットを出しています。現場担当者からのヒアリング結果にリーガルの視点を入れて、企業利益を最大化するためのアウトプットを作るスキルが自ずと身についているわけです。その意味で大企業知財部の人材こそ、人的リソース・金銭的リソースの限られたスタートアップにはまると思っています」(木本氏)
PxDTでは、特許、商標、著作物、ノウハウはもちろんのこと、契約で規定される成果物までを広義の「知的財産」(知的資産)ととらえている。企業としての将来のあり方を尋ねると、現状の多種多様な技術によるオープンイノベーションがより進んだ先には、研究開発の成果の知財をベースに多種の事業体を統括するコングロマリット的な在り方も見えているという。
インタビューの最後に、落合・村上両代表からこれから研究開発型スタートアップでの起業を志望する研究者・事業者へのメッセージをいただいた。
「創業期から弁理士をメンバーに入れるのがオススメです。IPとリーガルの両面を見れる人がいないと、スタートアップは交渉に弱くなってしまう。特に、テックスタートアップの交渉は知財関係が中心になるので、弁護士よりも弁理士が向いていると思います。契約交渉に強いスタートアップが増えてほしいです」(落合氏)
「契約はビジネスモデルの実装だと考えているので、リーガルの重要性は極めて高い。専門家が最初からいるほうが楽なのは間違いないですね」(村上氏)